第44話 「最近の若者」論
ゴールデンウェークも過ぎ、新入学生や新社会人もそろそろ新たな場に馴染んできた頃であろう。
この頃は、新歓コンパ(歓迎会)も落ち着き、新宿の夜も若干静けさを取り戻す。
思い返せば、四十も半ばを過ぎた頃からか、「若者」が行くような飲食店(飲み屋)にはまず行かない。
それは、世代の違いを感じているからに他ならない。
自分もそうであったが、若い頃の飲み会は、酒を楽しむというよりは、仲間達と集い、酔い騒ぎ発散することが楽しかった。
当然、軍資金の問題から、たくさん飲み、食うためには、安い酒・つまみの店に限られ、店側も若者ターゲットの金額設定、品揃え、またサービス内容となり、客層が固定することとなる。
いわゆる安さを売りにしているチェーン店系の居酒屋等はその看板で判断できるが、たまに成り行きで「若者系の店」に入ろうものなら、その場違いさを改めて思い知り、いたたまれなくなり、後悔の念で焼酎一杯をそそくさといただき、「赤ちょうちん」で飲み直すことになる。
もちろん、安いことはありがたいことであり、必ずしも、「若者」と飲み屋で共存できないなどと思っているわけではない。
自分の昔を振り返り、彼らの飲み方も、ふるまいもある程度は理解できるわけで、結局は自分が「場違い」と思う場所を選択し行かなければいいのである。
必然的に、店のみならず地域にも棲み分けができてくる。
新宿エリアでは「若者」は歌舞伎町界隈に、我々は三丁目、二丁目、一丁目、もしくは西新宿に、渋谷エリアでは、駅前からセンター街周辺と、ドーナッツ状に外側のエリアと棲み分けられる。
(必ずしもこの限りではありませんので、悪しからず・・・)
現在、当社の立地する近隣には、私立の医大があり、通学途中や買い物中の学生をよく見かける。
今風のチャラチャラした服装で金色に髪を染め、だらしなく歩く学生達を見るにつけ、今後、知識だけでなく多くの経験を積み、人間的にも成長して、日本の医療を支える「先生」になってもらいたいと、心底願うものであるが・・・。
ごく稀に、新宿三丁目の行きつけの飲み屋で、この医大生と思しきグループに遭遇し、学生特有の周囲を気に掛けない騒々しさに閉口することもある。
そこは、それほど高くはないが、決して安い飲み屋ではないのだが・・・。
以前にテレビで取り上げていたネタであるが、昨今は、仕送りとバイトで稼いでいる学生のほうが、ローンに追われる小遣い制のサラリーマンより裕福なのだとか。
同じ子を持つ親として、複雑な思いである。
料金帯も重要なファクターである前述の棲み分けの線引きも、今後益々変わっていく可能性は大きい。
そんなある日、
近所の洋食屋さんにランチを食べに行った時のこと。
こじんまりとした店で、客の多くは近所に勤めるサラリーマン、OLさんといった庶民的な洋食屋さんである。
一人カウンターに座り、メンチカツ定食をオーダーし新聞を広げたとき、ガヤガヤ騒々しい3人グループが入ってきた。
(まず、ドアの開け方から騒々しい)
一見して、近所の医大生と判別する。
女性の店員さん、普通の「街の洋食屋さん」のランチタイムの対応で、
「そちらに合席でお願いできますか」
と、丁度3席空きのある大きめのテーブル席を指し示す。
その3人グループは、入口で僅かな相談の上、
「まっ、ここでいいかっ」
と、合席のテーブルに腰を下ろした。
合席に先にいた客は少し椅子をズラし隙間を開ける。
開いた新聞をそっちのけで、人間ウォッチャーのアンテナが作動する。
まずは、オーダー。恐らくは、あまり考えずに、黒板に書かれた「本日のおすすめ」からお得でボリュームのあるものを選ぶのだろう。
一番先に入ってきたリーダー風のチャラっぽい子が、Aランチセットにカニクリームコロッケをトッピング、ライス大盛り。
他の子は、それに追従し、Aランチ。各々、トッピングはエビフライかメンチのせんもある。
ちょっと細身で長身の子は、ライスは普通盛りでサラダでも追加か。
それでも、1人880円程度。
医大生とは言え昼食に1000円以上はまず無いだろう。
そんな私のウォッチングをよそに、彼らはおすすめ黒板をしばらく見たあと、テーブルにある一品メニューを開き、あれやこれや話し合っている。
値段の差こそあれ私の学生時代、昼食でお得なランチメニューをおいて、一品メニュー等考えたこともなかった。
結果、皆一品料理から、
チキンソテートマト風味、デミグラオムライス、カレーライスにカニクリームコロッケのトッピング、
そして、皆、ライスは普通盛り。
(かすりもしなかった)
こっそりメニューを確認すると、金額はどれも1000円以下。
・・・ふ~ん。
オーダーを終え、大きな声で談笑するグループ。
その時、リーダー風の彼が席を立ち、こちらに歩いて来る。
トイレにでもいくのだろう(この先にはトイレしかないのである)、と思っていると、
私の座るカウンターの後ろに立ち止まり、中にいた店員さんに、
「すみません、トイレ借りていいですか?」
と声をかけた。
「・・・!」
それまで、ただ騒々しく周囲を気にしない「今風の自分勝手なわがまま学生」などと、勝手なイメージを抱いていたところ、
お客なら誰でも遠慮なく使用していいはずの、お店の「トイレ」を使うのに、店員さんに一声かけるなど、思いもよらぬ行動にただ驚き、トイレから出てきたその彼の顔を、振り返ってまじまじと見てしまったほどである。
興味深く、その彼のウォッチングを継続する。
オーダーしたモノが配膳され、箸を取りながら「いっただきまーす!」
その後も、3人でわいわい雑談しながらであるが、箸使いもキチンとしている。
食べるのは早いが、姿勢もいい。
「合格!」 (入社試験ではありません・・・)
「最近の若者は」論は、恐らくどんな時代も、またこれからも永遠に続いていくであろう。
かつては私が言われ、そして今は自分が言っていることに気が付く。
世代(時代)により、文化も変わり価値観も変わる。
そこで、ついつい自分世代の価値観でそれを比較してしまう。
ただ今般は、外見や見た目で判断し決めつけてしまった、自分のステレオタイプを、改めて再認識し反省した次第である。
先の学生君、「トイレ借りていいですか?」の一言の中に、客の立場であっても「トイレを借りる」という思いがこめられている・・・?
いや、言葉の意味など関係無く、また「依頼」の内容でもなく私が感じたのは、ごくあたりまえに、普通の挨拶のように自然に発せられた言葉であったこと。
年齢に関係無く、「おはようございます」「今日は」「いただきます」も言えない者を多くみかける中、普通の挨拶の如く、自然に出てきた言葉に、彼の外見ではイメージできなかった「素」を垣間見たのである。
今後、彼には、
「トイレお借りしていいですか」
を食事中の場では少し声を抑える等、周囲に気を配るデリカシーも、少しづつ身に着けてもらいたい。
日付2016/05/30