第40話 テーラーメイド
「むさし(柴犬)」の水飲みの水も凍り、今年一番の冷え込みとなった先月半ばのある朝。
公園を散歩中に、通学途中の小学生の一団に遭遇した。
ちょうど通学時間真っ只中、その一団と並んで歩く。
その中の一人の男の子が「むさし」を見て、
「うへぇ~、寒そう~!」
「柴犬は日本の犬だから、こんな寒さは全然平気なんだよ」
ある犬本では、柴犬は零下20度くらいから上は40度程度まで適応できるらしいが・・・。
「犬は、この服1枚で1年中過ごすんだよ。ジャケットもコートもカッパだっていらないんだよ。」
今年11歳になる「むさし」は、東京暮らしではあるが生後半年からずっと屋外で生活している。
以前に、1月に清里に旅行した時、犬も同伴できる宿ではあったが、暖房の効いた室内より零下10度の屋外で喜んで遊んでいた。
雪のドッグランでも、真っ白になって他のワンちゃんと延々と戯れていた。
唯一、家でむさしが情けない声で助けを求めるのは「雷」の時だけである。
「夏と冬に毛が抜け代わるだけなんだよ。凄いでしょう。」
「ふう~ん?」
かなり以前になるが、『動物のお医者さん』という漫画から「シベリアンハスキー犬」が流行ったことがあったが、その名の通り極寒のシベリアで生活するルーツを持つ犬種であり、日本の気候、風土には適さず、すぐに流行は終わった。
また逆に、チワワ、ミニチュアダックス、トイプードル等は一般的に寒さに弱く、まさに「服」を着せているワンちゃんを見ることもある。
そんな犬の中でも、柴犬は古来から脈々と日本に生息してきた犬種である。東京の氷点下程度で「寒い」などと心配ご無用であろう。
これを、一般的なビジネスマンの仕事着といえる「スーツ」に例えてみよう。
恐らく、私がそうであったように、新社会人がまず購入するスーツは「合い服」であろう。
これは、夏場と冬場の間に着る服という意味であるが、ほぼ真夏と真冬以外をまかなう服と言われている。
私も、新社会人の頃、真夏の酷暑や真冬の極寒でさえ我慢し、中に着るワイシャツやベストで調整し、3年程度は1着のスーツ(合い服)を着通した記憶がある。
もちろんこれは東京の気候や環境だからであって、日本全国について言えることではない。
また、外回りの営業マン等、職種や職場環境等、個人差によっても異なるということを前置きしておく。
自宅から駅までと最寄駅から会社までの数十分程度しか屋外にいないことを考えれば、その間の暑い寒いは我慢の範疇であると言える。
しかしこれは、もちろん犬のそれとは違い、四季のある日本で1年中1枚の服で生活できるものではない。
現在も生地は日々進化しており、それに伴い服もより快適に機能的に進歩している。
ビジネススーツに関しても、生地はもとより縫製技術も進化し、またそれに伴い値段も格段に安くなっていることを実感するが、
仮に、零下20度から摂氏40度までをカバーできるスーツが「100万円」で出来たとしても・・・、
それは画期的なことではあるが、ビジネススーツとしては、
私は買わない。
私は、過去も現在も、特段イレギュラーな体型をしているわけでは無く、いわゆる「吊るしモノ」を若干手直しすれば十分に、普通に着こなすことはできるが、ここ十数年、スーツ・ジャケットはほとんど決まったテーラーさんに仕立てていただいていた。
体型に合わせてくれることはもちろんのことであるが、その時の自分のライフスタイルや趣味、嗜好など、職人さんと会話しながら、まさに世界に一つの私のためだけの一着をあつらえていただく。
そこには、仕立て屋さんとしての知識や技術また経験、更には職人としての「こだわり」が垣間見え、そんなプロフェッショナルな話しが聞けることもとても楽しいひとときである。
当然、衣料品量販店のものに比べれば、料金はかなり高くはなるが、それに袖を通した時の着心地やボタンを留める時の指に伝わる感触など、ほんのわずかな違いではあっても、満足感は大きい。
それをTPOやその日の気分、また会う相手によっても着分けるが、そこには洋服としての機能性のみならず、自分をよく理解しているパートナーとしての安心感さえ感じ、私にとってのコストパフォーマンスはかなり高いといえる。
昨年の減量によりツーサイズ以上体型が変わり、お気に入りのスーツも泣く泣く処分することにしたが、テーラーメイドの物は、私の以前の体型と思いを引き継いでくれる者に譲った。
システムについても同様なことが言える。
システムの開発では、通常の機能より、イレギュラーな場合を想定した機能のほうが工数がかかることは常である。
この「正常系」と「イレギュラー系」の範囲や区分けは様々な考え方があるが、ここでは、相対的に通常の運用では起こりえない事象を一括りに「イレギュラー系」と呼ぶことにする。
システム化において「イレギュラー系」の機能をどこまで想定できるか、この予測能力及び対応力がすなわちシステムエンジニアの設計力であり能力である、
と言って決して過言ではあるまい。
そのイレギュラーな事象が、週1回程度なのか、月1度、年1度、あるいは数年に1~2回程度の頻度なのか、
などの可能性についても、よく業務を分析し設計することが重要であるが、ご担当者から業務内容を聞いただけでは出てこないことも珍しく無く、それは、その業務を分析する際にエンジニアが引き出してやる必要があり、それはエンジニアの経験値に依存することが大きい。
また、これ等の機能はなかなか日の目を見ないことも多いが、そのシステムの安定性にとって要であり、それがすなわち信頼性にもつながるものである。
能力の無い(低い)エンジニアに限って、
「それ言われてませんので・・・」
はエンジニア失格である。
ただし、どこまでのイレギュラーにどんな対応をするかは利用者の判断にはなるが、過度な対応は工数がかかる上にシステムのメンテナンス性も悪く、仕組みによっては機能性も低下させることになりかねない。
特に、数億件のトランザクションを処理するなど大量データを扱うシステムの場合、処理の高速化は非常に重要であり、1年に1回発生するかしないか程度の「イレギュラー」な事象についてまでロジックを組み込んでシステムで対応するか否かは、十分考慮すべきである。
大切なことは、考えられ得るイレギュラーのパターンを洗い出し明示し、その稼働するシステムの位置づけ、インプット・アウトプットデータの特性や他システムとの連携、またはシステムの運用体制等、全ての関連する要素を考慮し利用者に提案することである。
それに関してどのような対応をすべきか、システムで回避させるのか、あるいはその事象が起きた時点でリカバリーするか等は、その利用者の判断を仰ぐことになるが、そのためにも、エンジニアとしての知識や経験に基づき業務分析する中で、イレギュラーな事象を事前に予測し発生の可能性を認知することが重要であり、そこにプロフェッショナルとしての大きな意義がある。
以前に、あるシステムベンダーの営業マンが機能的な売り込みをする際に、「起こりうる可能性」を盾に機能追加をセールスすることを何度か見かけた。
確かに「発生する可能性」はゼロでは無いが、その機能のために数百万円を投下するのなら、「アラート(警報)」を発行し、その時だけ人為的に確認、対応する工数(数万円)をかける方がどれだけ合理的であろうか。
これ等「イレギュラー系」の対応について、必ずしも答えは一つではなく、エンジニアによって考え方やこだわりもそれぞれであるが、どこまで深く、幅広く考察できるかによって、その製品の品質や信頼性に大きくかかわってくることは、他の職種の職人と相通じるものがある。
それなりに良いものを安価に提供する大量生産の「吊るし」を否定するものではないが、
私は、digilogは、経験豊かな職人さんのいる「テーラー」でありたい。
日付2016/02/18